湯本荘の歴史 - 黒川温泉の旅館 湯本荘

湯本荘の歴史家族風呂で自由きままにせせらぎと温泉を満喫

湯本荘の歴史

湯本荘のはじまり

湯本荘はまだ江戸時代、慶応3年に創業いたしました。
先々代の主人が明治生まれですので、その前の代から始まりました。
昭和7年生まれの大女将から聞くところ、お嫁に来た時は、旅館と農家と併用して営業していたらしく、その昔は牛も飼っていたそうです。
訪れるお客様も少なく浴衣やシーツは家の者が手洗いで干していたそうです。その当時洗濯機もありませんでしたから、かなりの重労働だと思います。
訪れるお客様は宿から送迎バスで主人みずから迎えにいっておりました。古い常連のお客様は何十回も来て頂いていました。その当時、宴会は深夜まで続いて楽しいお時間お宿でお過ごし頂いていたようです。

昭和60年に先代が病気でこの世を去り、大女将が悲しく泣いていると不思議な夢をみたそうです。
白い髭を生やしたおじいさんが夢枕に立ち「泣かんでいい。泣かんでいい。悪いようにはせん、わしが守ってやる」と言われ、それからしばらくするとお宿に多くのお客様がお越しいただくようになったそうです。どこかで先代が見守ってくれているお宿です。

ちょうどその頃、次世代の30代前後の黒川の青年が集まって知恵を出し合い、城之崎温泉の外湯めぐりにヒントを得た人がみんなに相談し、露天風呂を各旅館で作る事にしたそうです。そのとき、黒川温泉の入湯手形が誕生しました。
私が昭和63年の1月にお嫁に来た時は旅館は12件だけでしたが、すでに土日は大変忙しくなりつつありました。
まだ、地元熊本にもあまり知られておらず、福岡からのお客様が多く訪れていました。

私は10年あまり仲居の仕事を続け、たくさんのお客様と接し、たくさんの事を学んで来ました。同じ意味の言葉でも言い方、伝え方で印象は驚くほど変わることや、掃除や洗濯、茶椀洗いのコツや、今は有り難いクリーニング屋さんに出すシーツ・浴衣の洗濯物の出し方にもルールがあって、面倒くさがらずに少し手を加えることでみんなが楽になる事など、やはりお客様に対しても、スタッフに対しても大事なのは相手を思いやる気持ちでなと学びました。

私が女将業を正式に任されたのは、まだ日は浅く旅館が新館に建て直されてからですので、女将5年生。まだまだ女将としては若手ですので、これからも色んなことを学んでいくんだなと日々これまた勉強。スタッフと一緒に頑張ります。やりがいのある仕事を授けられた事に感謝して過ごしております。

湯本荘の今

湯本荘は2004年にそれまでの歴史を刻んで来た旧湯本荘を全館、取り壊し新館を建て直しました。旧湯本荘は風情ある趣の皆様に愛された旅館でありましたが、増築などでの段差や不売り建築のため安全上の理由も重なり50年近い本館の歴史に幕を閉じる事となりました。

新館として立てた湯本荘は土台から掘り起こし基礎をしっかり作ることから始まりましたが、堀り始めて分かったことですが、大きな石が(直径2m~3m)ごろごろ出て来て作業は難航しました。石を手作業で砕かねばならない物も有り、周囲の皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。この基礎の作業だけでも工事予定を大幅に遅らせました。 時間はかかりましたが、ご宿泊いただく皆様が安心して過ごせて、心地のよいお宿ができあがりました。

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